経営コンサルタントの長野研一です。
大谷翔平選手の目覚ましい活躍により、「二刀流」という言葉は今やポジティブな響きを帯びるようになりました。しかし、現実のビジネスや専門職の世界では、今なお「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉が重くのしかかっています。
実際、私自身も不動産鑑定士と経営コンサルタントという二本の刀を16年間持ち続けてきましたが、それは決して華やかな歩みではありませんでした。むしろ、常に「どっちつかずではないか」という自問自答と、周囲からの無言の視線との戦いでもありました。
25年前のパリが教えてくれる「一面の真理」
ファッション関連のコンサルタントをしている知人女性が、25年前に滞在していたパリでの経験を話してくれました。
「当時は『デザイナー(Styliste)』と『パタンナー(Modeliste)』の両方を名乗ると、プロとして信用されなかった。どちらもやる人は、どちらにも命をかけていない中途半端な人だと見なされたの」
この話を聞いたとき、私は背筋が伸びる思いがしました。彼女が言う「片方を極めるのがプロ」という価値観は、決して古い考えなどではなく、プロフェッショナルとしての「誠実さ」を問う一面の真理だからです。
リソース(時間やエネルギー)を分散させることは、質を落とすリスクを孕みます。私が歩んできた道も、一歩間違えれば、どちらの専門性も薄まる「器用貧乏」への直行便だったはずです。

「中途半端」を脱するための、泥臭い工夫
「どっちつかず」という批判は、正論です。だからこそ、私は二刀流を単なる「掛け持ち」にしないために、必死の工夫を重ねてきました。
まず、物理的な限界を認めることから始めました。一人の人間ができることには限りがあります。そこで、有能なアシスタントの力を借り、実務の基盤を安定させる体制を整えました。彼女はもう10年以上も私の活動を支え続けてくれています。
また、あれもこれもと手を広げるのではなく、不動産鑑定は「事業用不動産と税務関連」に、経営コンサルは「中小建設業専門」へと、自ら領域を絞り込みました(顧問先は建設業または建設業関連業種ばかりです)。専門性を薄めないためには、むしろ「やらないこと」を決める勇気が必要だったのです。
前出の知人女性は、パリでの体験を語ったあとにこう続けました。泥臭い試行錯誤を16年続けて、私もようやく彼女のいわんとするところが少しわかるようになった気がします。
『でも今の私は、肩書きに意味を感じていない。いいデザインやかっこいいものはたくさんある。何を作るかより、もの創りの信念は何なのか?そこにしか違いは出ない。』
視点が交差する場所に、独自の価値を見出す
「二刀流」を続けるうちに、私の中である変化が起きました。二つの視点が、互いの弱点を補完し、強みを引き出し始めたのです。
例えば、特殊な事業用不動産の鑑定評価を行う際、経営コンサルタントとしてその事業の損益構造を深く洞察できることは、大きな助けになります。単なる数字の羅列ではなく、経営の息遣いを感じながら「生きた評価」を行う。それは、片方の刀だけでは到底辿り着けない領域でした。
そしてもう一つ、大きな収穫がありました。それは「士業特有の受動性」からの脱却です。
一般的に、鑑定士を含む士業は、依頼を待つ「受け身」の商売になりがちです。しかし、経営コンサルの現場で培った「『社長、これをやってみませんか?』と提案する」という能動的なマインドが、私の仕事の仕方を根本から変えてくれました。
「仕事が来るのを待つ鑑定士」ではなく、「顧客のお悩みから発想するプロ」へ。 この姿勢こそが、私が二つの道を歩み続けた末にようやく手に入れた、私なりの「信念」だったのかもしれません。
おわりに
二刀流は、決して楽な道ではありません。常に「中途半端」というリスクと隣り合わせです。
しかし、そのリスクを自覚し、泥臭く工夫を重ねた先に、異なる二つの視点が交差する「独自の景色」が見えてきます。 「どっちつかず」という批判を、自分への戒めとして持ち続けながら、これからも私にしかできない支援の形を模索し続けていきたい。そう願っています。