中小建設業専門の経営コンサルタント長野研一です。
私が新聞各紙の人生相談を読み比べる際、いつも興味深く感じるのが、朝日新聞と日本経済新聞のスタイルの鮮やかな違いです。
朝日新聞の人生相談は、ときに相談者を全否定し、白日の下に晒すような「快刀乱麻」の回答が目立ちます。読者としては溜飲が下がるかもしれませんが、斬られた本人はどうでしょうか。おそらく憤慨するばかりで、深く反省したり行動を改めたりすることはないだろうと推察します。
一方で、日本経済新聞の回答には、ウイットを効かせてチクリと刺すことはあっても、根底にはユーモアと優しく寄り添う姿勢があります。「自分も同じような経験をした」という共感の上で、「こうしたらどう?」と建設的な提案をする。相談者は「勇気を出して相談してよかった」と満足し、前を向けるのではないか。
この違いは、一言で言えば「目的の置き所」にあります。そしてこれは、私たち経営コンサルタントが担うべき「カウンセリング機能」の核心を突いています。
「物差し」を失った経営者が陥る停滞
建設業に限らず、代表者の急逝などによって突然リーダー不在の状況が生まれることはままあります。こうした事態において、もっとも深刻なリスクは「デシジョン(意思決定)ができる人間がいない」ことです。
多くの場合、新経営者が立ち尽くしてしまうのは、単に「覚悟」の問題ではありません。何を基準に決めていいかという「物差し」を失ってしまったからです。これまでは「先代ならどうするか」が唯一の基準でしたが、その物差しが消えたとき、経営者は「これはやめる」「これは始める」という決断ができなくなり、事業の劣化を招いてしまいます。
こうした時、コンサルタントが担うべきカウンセリング機能とは、対話を通じて経営者が自律的に決断していくための「新しい物差し」を共に創り出すプロセスに他なりません。
「爪痕を残す」というリフレーミングの威力
ここで、あるお客様のエピソードをご紹介しましょう。
その会社は深刻な経営危機に直面しており、社長自らそれまで経験のなかった「飛び込み営業」に奔走していました。しかし、現実は厳しく、連日の門前払いに社長の心は折れかけていました。
私はその話を伺い、社長にこう提案しました。 「門前払いされても心が折れない工夫をしましょう。結果を急ぐのではなく、その場所に『社長の爪痕』を残してくる、という工夫です」
具体的には、同社の優れた技術力が一目で伝わる「営業ツール」の制作を提案しました。例え会ってもらえなくても、そのツールを置いてくることで「爪痕」を残し、次へ繋げる。
次にお会いした時、社長の手にはすでに見事な営業ツールが握られていました。「門前払い=失敗」という物差しを捨て、「爪痕を残す=次への布石」という新しい物差しを手に入れたことで、社長の創造性に火がついたのです。その会社はその後、絵に描いたようなV字回復を遂げました。

なぜ「非難」しないのか
もし私がここで、「社長、それは飛び込み営業のやり方の問題ですよ」「へこたれずにPDCAを回していくしかありませんよ」と朝日新聞型の厳しい指摘をしていたら、どうなっていたでしょうか。おそらく社長は自責の念に駆られ、さらに深く心を閉ざしてしまったでしょう。
私が「爪痕を残す」という比喩的表現を用いたのは、それが相手の気づきと行動を促すうえで有益だと判断したからです。
受容と共感: 門前払いの辛さを否定せず、ありのままを受け止める。
リフレーミング: 「拒絶」という体験を、「爪痕を残すチャンス」へと定義し直す。
自己決定の尊重: 具体的なツールの内容は社長自身が考え、作り上げる。
これらは単なる気休めではなく、経営者が自らの意思で「決断のスイッチ」を押し直すためのツールなのです。
結びに:論理の物差し、心理の支え
人生相談の目的が本来「相談者の人生を好転させること」にあるべきなのと同様に、コンサルティングの目的もまた「経営者が自らの足で一歩を踏み出すこと」にあります。
特に危機に瀕した会社や、リーダー不在の現場において、コンサルタントが担うべきは、論理的なフレームワークを提供すると同時に、それを使う経営者の「心」を整えることです。
「論理という物差し」と「心理という支え」。 この両輪が揃って初めて、経営者は孤独な決断を乗り越え、未来を切り拓くことができるのだと私は確信しています。