経営コンサルタントの長野研一です。
前編では、「10万単位の壁」を越えるには、社長の頑張りではなく、理念を土台とした「仕組み」が必要であることをお話ししました。
打ち合わせで交わされた、最も重要な対話
前編でとりあげた顧問先との打ち合わせでのことです。壁の突破に向けた社長の熱い思いを聞いた後、後継者である専務が言葉を選びつつ、真剣な表情で私に問いかけました。
「システムの重要性は理解できます。しかし、そのせいで、当社らしいアットホームな雰囲気、互いの細やかな気遣いや、社員の個性を失わせてしまわないか、それが心配です。」
これは、経営規模を拡大しようとする企業の経営者が抱く、最も大切で、最も深い懸念です。
私はその場で、専務の目を見てきっぱりとお答えしました。
「専務、その点はご安心ください。システムが失わせるのは『ムラ』と『ムダ』だけです。貴社の『らしさ』は、システムによって、むしろ10万単位の規模に拡大・再現できる『資産』に変わります。」
今回は、この私の回答を深掘りし、システムが会社の「らしさ」を壊すどころか、守り、広げる仕組みになる理由を具体的にお伝えします。
「らしさ」はシステムで失われない!その3つの理由
システム導入が「当社らしさ」を消すという心配は、「システム=人を型にはめるもの」という認識から生まれます。しかし、会社の規模を支えるシステムは、以下の理由で「らしさ」を守ります。
理由1:システムが「ムダ」を引き受け、「情熱」を解放する
システムの役割(引き算): 在庫管理、事務処理、ルーティンワークといった、「誰がやっても同じ結果になるべき業務(ムダ)」を、徹底的に標準化し、ITに任せます。
社員の役割(足し算): ムダが減った分、社員は「お客様への細やかな心遣い」や「新しい技術への挑戦」といった、貴社独自の「らしさ」が発揮される、人にしかできない仕事に集中できます。システムは、「らしさ」を発揮するための時間とエネルギーを創出する道具なのです。
理由2:理念連動システムが「心の壁」を壊し、文化を定着させる
組織が大きくなると、社長の立ち居振る舞いや、社員の小さな変化が伝わりにくくなり、会社と社員の間に「心の壁」ができてしまいます。
コミュニケーションの仕組みの追加: だからこそ、システムと同時にワンオンワンミーティングを制度化し、上司と部下が理解し合う場を守ります。
社長の「行動原則」の共有: 私たちが作るシステムは、理念に基づく「行動原則」を明確にします。これにより、社員は遠く離れていても、「社長ならこの時どう判断するか」という社長の理念的な率先垂範を感じ、文化を共有し続けることができます。
理由3:行動KPIは「強み」を測り、常に「進化」する
システム設計の肝は、会社の「成功のDNA」を行動KPIにすることです。ベテランの「勘とコツ」を抽出した行動原則に基づき、その達成度を測ります。
行動KPIは生き物である: 一度決めた行動KPIや標準化プロセスは永久不可侵ではありません。環境が変われば最適解も変わるからです。達成度を定期的にモニタリングし、「なぜ達成できなかったのか?」「もっと良い方法はないか?」を問いながら、改善を繰り返すPDCAサイクルをシステムとして組み込みます。行動を指標にすることにフォーカスすることで、会社は常に進化し続けることができます。
「当社の強み」を10万単位に広げるシステム設計のポイント
専務の視点をシステム設計に組み込むためのポイントは、「強みを守る防波堤」と「成果と文化の両立」にあります。
システムの土台は「暗黙知」から: まずは、貴社の成功の裏側にある「暗黙知(成功の勘とコツ)」を徹底的に言語化し、貴社独自の「標準化プロセス」を設計します。これが、ブレを防ぐ最初の防波堤です。
「二軸」で公平に評価する: 評価を、「数字(売上など)」と「行動(理念・行動KPIの達成度)」の二つの軸で判断する仕組みにします。これにより、社員は「成果を出すこと」と「当社らしい行動をすること」の両方が、自分の未来に不可欠だと理解し、文化と成果の両立が図られます。
研修は「文化のインストール」: 理念、行動原則、新しいKPIを、社員の意識に継続的に染み込ませる(インストール)ための研修を制度として位置づけます。
結び:「壁」を越えて「個性」を広げよう
システムは「画一化」ではなく、「独自の強みを、10万単位の規模でもブレずに発揮し続けるためのインフラ」です。
経営者の熱い思いと、「らしさを守りたい」という視点、この二つが揃えば、必ずこの壁を突破できます。さあ、あなたの会社の「魂」である理念を、具体的な「行動規範システム」として機能させ、その「らしさ」を未来へと広げていきましょう。
【次の一手として】 御社のベテラン社員やエース社員を対象に、「成功の暗黙知」を「行動原則」として抽出・言語化するワークショップを開催し、御社独自のシステムの土台を設計しませんか?
