なぜ新たな行動が滞るのか? 〜「エネルギー残量」という盲点〜

世代を超えて暗黙知を未来へつなぐ

こんにちは。経営コンサルタントの長野研一です。

多くの経営者の方々と向き合ってきた私が、自分自身の実体験として特に大切だと感じているテーマについてお話ししたいと思います。それは、「意思決定にはエネルギーが不可欠である」ということです。

「経営者たるもの、すべての困難を乗り越えるべきだ」「言い訳は通用しない」という厳しい声があることも承知しています。しかし、本当にそれだけで片付けてしまって良いのでしょうか? 私自身の最近の経験を、単なる反省で終わらせず、皆様の経営に新たな気づきをもたらす普遍的な教訓としてお伝えします。


80点の多忙と、未達の「重要不急」:長野のケース

私は、メンターである遠藤晃先生に、もう3年間も2ヶ月に一度のオンライン面談をしていただいています。この面談は、私自身の行動を深く振り返る貴重な機会となっています。

前回の面談で、私は過去2ヶ月間の重要不急の行動目標が未達であったことを報告しました。目標は「次のセミナーの日程・内容・スライド・チラシの準備」「集客のための声掛けリスト、チラシ送付先リスト、協力要請先リストの作成」といった、経営コンサルタントとして極めて重要な項目です。

しかし、これらの目標が未達に終わったにもかかわらず、この2ヶ月間は別のプロジェクトで目覚ましい前進があり、非常に多忙でした。そのため、私は自己採点として80点をつけました。

目標未達なのに80点。この一見矛盾した結果について、当初、私はこう反省しました。

「多数のプロジェクトを並行して担当しているので、プロジェクトベースで全体像をもっと明確に把握し、タスクを細分化して着手すべきだった。」

これは、よくある「タスク管理の失敗」という分析です。しかし、遠藤先生は私の話を深くうなずきながら聞いた後、私が陥っていた「経営者の落とし穴」を指摘してくださったのです。

先生の核心をつく言葉はこれでした。

「意思決定って、エネルギーが要りますよね。」

そして、「To Doの細分の仕方や、タスクの優先順位の決め方の適否以前の問題としてプールの隣にある疲れていない状態を作る工夫が必要だと思うのです。」

経営者の思考は「ハイオク燃料」を必要とする

「プールの隣にある疲れていない状態」とは、単に体が疲れていないことではありません。これは、最高度の判断を下すために、脳のエネルギーを不必要な消耗から守り、常にクリアな状態に保つことを意味する、極めて戦略的な状態です。

経営者が行う、新しいことへの挑戦既存ルールの破壊と再構築といった重大な意思決定は、日常の定型業務とは比べ物にならない「ハイオク燃料」に相当する質の高いエネルギーを消費します。

私の目標未達も、重要度の高い「重要緊急の仕事」でエネルギーを使い果たしてしまい、新たな挑戦(自主開催セミナー準備)という大きな意思決定に取り掛かるための「燃料」が残っていなかった、と解釈できます。これは、私個人の管理の問題ではなく、すべての経営者に共通する、エネルギーマネジメントの課題なのではないでしょうか。


意思決定エネルギーの「省エネ化」戦略

「たかがこのくらいのこと」を自力で処理し続けることが、知らぬ間に経営者のエネルギーを削いでいます。たとえ一つ一つは些細でも、それが10個、20個と積み重なると、脳のエネルギーは確実に消耗されます。

そして、その消耗の蓄積こそが、本来注力すべき「新しい分野に切り込むエネルギー」を削いでしまうのです。目の前の雑務を完璧にやり遂げることに満足してしまい、会社を成長させるための未来志向のエネルギーを失ってしまう。これは、非常に危険な状態です。

「時間がない」と感じる経営者は多いですが、これは実は「行動するエネルギーが足りない」という脳からのサインかもしれません。他のことに気を取られすぎると、行動するエネルギーが枯渇し、重要な決断の前に立ち尽くしてしまいます。

電話応対が奪う「集中力」と「エネルギー」

現代の経営者にとって最大のエネルギー消耗源の一つが、電話応対です。電話は、相手の時間に合わせて突然割り込み、集中を強制的に中断させます。これは脳科学でいうコンテキストスイッチ(思考の切り替え)であり、この切り替えこそが、非常に大きなエネルギーを消耗させます。

電話をアシスタントに任せる時間を意図的に設けることの効用は絶大です。

  1. 深い思考の中断防止: 戦略立案や重要書類の確認といった「ハイオク燃料」を使う思考から、強制的に引き離されることを防げます

  2. 感情的エネルギーの温存: クレーム対応や、急を要さない営業電話への対応といった精神的負担から解放され、心の静寂を保てます。

  3. 情報集約による効率化: アシスタントが電話内容を要約し、整理された情報のみを後から受け取ることで、判断前の労力が大幅に削減されます。

決定負担を減らす「自動化・移管」という戦略

スティーブ・ジョブズ氏が服選びを「習慣化」で自動化したように、私たちは「AIやアシスタントへの移管」でそれを実現し、意思決定エネルギーの省エネルギー化を図るべきです。

 

これらの手段を活用し、「考えなくても実行できること」を増やせば増やすほど、最重要の戦略的な判断を下すためのエネルギーが温存されます。これは、単なる効率化ではなく、経営者の「決断力」を常に高い水準に保つための、最優先の「資源管理」です。


エネルギーマネジメントは最高の経営戦略

経営者にとって「意思決定エネルギーの管理」は重要なスキルであるということです。

貴社の未来を切り開くために、今日から以下の3点を意識してください。

  1. 意思決定は特別な資源(エネルギー)を消費すると定義し直す。

  2. 瑣末な意思決定にかかるエネルギーは、徹底的に「省エネルギー化」を図る。特にリマインダーによる記憶の外部化は即効性があります。

  3. 常に「プールの隣にある疲れていない状態」、つまり最重要決断のための思考余力を意図的に確保しておく。

エネルギーが満たされている状態であれば、「続けているうちにやりたいことの解像度が上がる」(これはタイムマネジメントの伝道師である社会保険労務士の篠原丈司氏の言葉です)ものです。AIを駆使してエネルギーを温存し、その余力を「未来への決断」という最も重要なタスクに集中投下する。これが、成長し続ける経営者の新たな方程式です。

あなたの「意思決定エネルギー」は、今、満タンですか? それとも枯渇していませんか? それが、貴社の未来を決める鍵となります。