経営コンサルタント、長野研一です。毎月第三週は、営業をテーマに綴っていきます。今回は「アンケート営業」について考えてみたいと思います。
先日、建設資材を扱うある会社の経営者と面談しました。長年、先代の人脈に支えられてきた会社ですが、お客様企業の代替わりが進み、旧来の「ご機嫌伺い」ばかりの営業スタイルでは立ち行かなくなってきた、と悩んでいらっしゃいました。商品の差別化が難しい業界で、どうすれば価格競争から抜け出し、新たな顧客を獲得できるか。私はその問いに対し、「アンケート型営業アプローチ」をご提案しました。
「社長、これは私自身も実践していることなんです。もちろん、すぐに契約が取れるわけではありませんが、『お客様の本当のお困りごとは何か』にフォーカスしていると、商談がうまく運ばなくても『今日は得るものがあった』と感じることが多いです」
これは、いわば「売り込まない営業活動」です。単なる取引先ではなく、「顧客の課題解決を共に考えるパートナー」になるための、極めて戦略的な一歩なのです。今回は、この「アンケート営業」がなぜ経営の未来を拓くのか、そのポイントをお伝えしたいと思います。
なぜ「売り込み」は顧客の心を閉ざすのか
皆さんも経験があると思いますが、最初の接触でいきなり「売り込み」から入られると、つい身構えてしまいますよね。特に商品やサービスとしての差別化が難しい分野では、「どうせ価格競争の営業だろう」と捉えられがちです。
お客様のニーズがまだ明確でない段階で、自社の商品カタログを広げて熱心に説明しても、話は一方的な売り込みになりがちです。これでは相手の心理的な壁を高くするばかりで、本当の課題や悩みを引き出すことはできません。たとえ話を聞いてもらえても、「名刺交換」や「挨拶」に留まり、深い関係性を築くことは難しいでしょう。
アンケート営業は、この「売り込みの壁」を最初から作らないアプローチです。私たちは、「今日は商品を売りに来たのではありません。お客様の事業について、少しお聞かせいただきたくて参りました」という姿勢で臨みます。これは、相手の警戒心を解き、心を開いてもらうための大切なプロセスなのです。
売り込まないからこそ、見えてくるニーズ
アンケート営業の最大の目的は、お客様のニーズを徹底的に掘り下げることです。もちろん、紙のアンケート用紙を渡して答えを待つだけでは意味がありません。大切なのは、質問をきっかけに、対話を通じて自然に話を引き出すことです。
例えば、建設資材の会社であれば、「普段、どんな種類の工事をされているのですか?」「資材の調達で、何かお困りごとはないですか?」といった、お客様の事業そのものに焦点を当てた質問から始めます。この時、自社の取扱商品という枠に囚われず、広い視点から耳を傾けることが重要です。
「特定の資材が小ロットで手に入りにくい」「納品時間が不規則で困っている」「運搬コストが高い」など、思いもよらない潜在的なニーズが見つかることがあります。これらの情報は、単なる商談では決して聞くことができない、貴重な「宝物」なのです。
そして、この宝物を得るためには、メモを取りながら真剣に話を聞く姿勢が不可欠です。相手は「この人は私の話を真剣に聞いてくれている」と感じることで、さらに心を開いてくれます。初回の訪問では即座の提案はせず、「いただいたお話を社内で検討し、改めてご提案させていただきます」と持ち帰ることで、次のアポイントにつなげることができます。
「アンケート営業」がもたらす4つの変革
このアンケート営業は、皆さんの会社に以下のような大きなメリットをもたらします。
1. 差別化の創出と価格競争からの脱却
建設資材のように、商品自体で差別化が難しい業界では、サービスによる付加価値が重要になります。アンケートを通じて顧客の潜在的なニーズや不満を把握できれば、それに合わせた特別なサービスを提供できます。
例えば、「特定の資材を小ロットで提供する」「急な発注にも対応できる配送体制を整える」といった、お客様の課題に合わせたサービスは、他社との大きな差別化になります。これにより、「この会社は私たちのことをよく理解してくれている」という信頼が生まれ、単なる「安さ」ではなく、「信頼」で選ばれる会社になれるのです。
2. 次世代のネットワーク構築
旧来の「先代の人脈」に依存した営業スタイルから脱却し、現社長が主導する新たなネットワークを構築できます。アンケートを口実にキーマンと接触することで、ビジネスライクな関係から一歩踏み込んだ対話が生まれ、人としての信頼関係を築くことができます。たとえ担当者が交代しても、会社として顧客と継続的な関係を維持できる土台ができます。
3. 効率的な営業戦略の立案
アンケートを通じて得た顧客の生の声は、貴重な市場データとなります。例えば、「この地域では〇〇という資材の需要が高い」「〇〇という納品方法に課題がある」といった具体的な傾向を把握できれば、限られた営業資源を最も効果的な顧客やサービスに集中させることができます。これにより、非効率な「ご機嫌伺い」から脱却し、生産性の高い営業活動を実現できます。
4. 社内の一体感とモチベーション向上
顧客の課題や声が営業担当者だけでなく、製造や配送など社内全体に共有されることで、「自分たちの仕事が顧客のどんな課題を解決しているのか」という目的意識が明確になります。これは、社員一人ひとりの仕事に対するモチベーションを高め、顧客志向の組織文化を醸成するきっかけにもなります。
アンケート営業は、単なる「御用聞き」の延長ではありません。それは、顧客との関係性を根本から見直し、「提供するサービスの価値」を再定義するための一歩と言えるでしょう。
心を開くための「自己開示の態度」
相手に心を開いていただくためには、まずこちらから心を開くことが不可欠です。
私自身の体験をお話ししましょう。ある分野に精通した方に、ご教示をいただいた食事の席でのこと。お尋ねしたことにもご回答いただき、食事も終えて私はノートを閉じ、「今日はご教示ありがとうございました。大変勉強になりました」とお礼を申し上げました。その方はリラックスした調子で、「まあ、この世界ではね…」と口を開いてくださったので、私は「はい」と再びノートを開いてペンを構えました。その方は、「あなたがノートを開いて構えなかったら、ここまで話すつもりはなかったけど…」と、より深いノウハウを教えてくださったのでした。
このエピソードは、私が「学ぶ姿勢」を見せることで、相手が心を開き、より深い自己開示をしてくださった例とみることもできます。このように、営業担当者の「自己開示の態度」は、相手の心を開くための鍵となると思うのです。
1. 謙虚な「学習者の態度」
「私たちは、お客様から学ぶために参りました」という姿勢で臨みます。これは、自分が全てを知っている専門家ではなく、相手の経験や知識から学びたいという謙虚さを示すことです。
良い例: 「この地域の工事事情について、ぜひ先輩としてお聞かせいただきたく…」
悪い例: 「弊社は〇〇の専門家ですので、ご安心ください。」
この態度は、相手に「この人に話せば、聞いてもらえる」という安心感を与えます。
2. 率直な「課題共有者の態度」
自社の弱みや課題を正直に話すことで、相手との間に共通の土俵を作ります。完璧な企業ではないという人間らしさが、相手の共感を呼びます。
良い例: 「正直、昔ながらの営業スタイルから抜け出したいと考えておりまして…。このままでは時代に取り残されてしまうという危機感があるんです。」
悪い例: 「当社は常に業界トップを目指しています。」
この態度は、相手に「この人は信頼できる」という感覚を与え、相手も自身の課題を話しやすくなります。
3. 積極的な「貢献者の態度」
アンケートの目的が、単なる情報収集ではなく、最終的にお客様に貢献したいという強い意志であることを示します。
良い例: 「いただいたご意見は必ず持ち帰り、私どものサービス改善に活かします。そして、必ず御社のお役に立てる形でお返ししたいと考えています。」
悪い例: 「アンケートにお答えいただき、ありがとうございます。これにて失礼します。」
この態度は、相手に「この話には意味がある」と感じさせ、協力する意義を与えます。
まとめ
アンケート営業は、単なる情報収集ではありません。それは、「聴くこと」に徹し、相手に心を開いていただくための戦略的なアプローチです。相手が話し始めたら、遮らずに耳を傾け、相槌や共感の言葉を挟みながら、相手の言葉の背景にある感情や思いを汲み取ります。
この「聴く姿勢」こそが、相手に「この人になら話しても大丈夫だ」と感じさせ、深い自己開示へと繋がるのです。
もし、皆さんの会社が「昔ながらの営業」から脱却し、新たな顧客との関係性を築きたいと考えているなら、ぜひ「アンケート営業」の導入を検討してみてください。それは、顧客の課題を解決し、自社の価値を再定義するための、最も確実な道となるでしょう。