【経営規模の壁を突破せよ・前編】「頑張り」に依存する経営との決別

経営コンサルタントの長野研一です。

先日、顧問先の社長(業種は伏せます)とお話ししていた際、こんな言葉を伺いました。

「この業界には、事業規模が10万単位になる時の、大きな壁があるんです。3万から6万に増やすのは、懸命な頑張りで何とかなる。でも、10万の壁は『頑張り』では越えられない。」

社長のこの言葉は、多くの企業が直面する成長のジレンマを的確に表しています。これまでの成功体験が通用しない、「経営の質的転換」が求められる瞬間です。

そして、社長はこう続けました。

「壁を越えるには『システム(仕組み)』がいる。その土台になるのが『思い(理念・ビジョン)』の浸透だと思うんです。」

今回は、なぜ「頑張り」が限界を迎えるのか、そして社長がおっしゃる「システム」の根本にある理念を、どのようにして「生きた言葉」に変えるべきかについてお話しします。

 

なぜ「社長の頑張り」は限界を迎えるのか?

「10万単位の壁」とは、社長が全ての現場に目を配り、指示できる範囲を完全に超えることです。これまでの成功は、社長の情熱とノウハウの「属人的な力」に頼ってきた結果です。しかし、規模が拡大すると、この「属人的な力」こそが限界になります。

  • 指示系統のパンク: 社長がすべての判断を下すと、ボトルネックが発生し、意思決定のスピードが落ちます。
  • ノウハウのムラ: ベテランの「勘とコツ」が伝わらず、新入社員や他のチームで品質や効率にバラツキが出始めます。
  • 社員の迷い: 社長が現場にいないとき、「この時、どう判断すべきか?」の基準がなくなり、社員は不安になり、行動が止まってしまいます。

壁を越えるには、社長の頭の中にある「成功の設計図」を、組織全体が共有し、自動で動ける「仕組み」に変えるしかありません。

 

システムを動かす「土台」の作り方

社長がおっしゃる通り、システムの根本は「理念・ビジョンの言語化と浸透」です。しかし、多くの企業で理念が「お飾りの言葉」で終わってしまいがちです。最大の問題は、理念が「行動」に翻訳されていないため、社員は「何をすればいいか」が分からないことです。加えて、理念に沿った行動がモニタリングされないため、真剣に取り組む空気感が醸成されない点も問題です。

ではどうするか。私は次のように提案します。

仕組化その1:「行動原則」への翻訳

抽象的な理念を、社員の日々の行動や判断に使える具体的な「行動原則」として言語化します。これは、あなたの会社の「成功のDNA」を抽出する作業です。

  • 例:「お客様の期待を超える」という理念に対し、「私たちは、必ず一歩先の情報を提供する」という行動原則を作る。

仕組化その2:「評価の断絶」を解消する

理念と評価制度やモニタリング制度の断絶こそが、理念を「絵に描いた餅」にする最大の原因です。理念を実現するための行動を、具体的に測るKPI(評価指標)に結びつけ、それがモニタリングされ、かつ賞与等に反映される仕組みを設計しなければなりません。

この「理念と行動をモニタリングを通じて直結させる仕組み」こそが、私が考える「行動規範システム」です。

次回【後編】の予告

話はここで終わりません。次週に続きます。

上記のような私の提案に対して、後継者である専務は次のような懸念を口にされました。

「経営規模の壁を突破するうえで、上記の処方箋が有効なのはわかった。しかし、理念を行動KPIと評価制度に結びつけることで、「当社らしさ」が失われてしまうことにはならないか?」

次回は、この重要な懸念に焦点を当てます。

システムは「らしさ」を壊すのではなく、「当社の強み」を規模の壁を超えて拡大・再現するための方法であることを、具体的な設計を通じてお話しします。どうぞご期待ください。