後継者とつくる未来計画
経営コンサルタントの長野研一です。
先日、私が11年間にわたって支援させていただいている、ある中小建設会社で新たなプロジェクトがスタートしました。この会社は、かつては「後がない」という厳しい状況から、まるで絵に描いたようなV字回復を遂げ、今では業界内でもその成長ぶりが注目されています。
私がこの会社と関わり始めた11年前、社長と二人三脚で経営改善計画を策定し、実行に移してきました。しかし、今回のプロジェクトの主役は、その社長ではなく、いよいよ事業承継の中心となる後継者の方です。
今回は、後継者である専務と一緒に、「次のステージに向けた計画を策定し、実行段階に移行するまで」を段階的に支援するコンサルティングをご提案しました。経営体質の強化と、円滑な事業承継を同時に達成することを目指し、計画策定から最初の一歩を踏み出すまでを、じっくりとサポートしていきます。
このプロジェクトの狙いは、単に新しい計画を作るだけではありません。定期的な対話と伴走を通じて、後継者として会社の舵取りを担う専務のリーダーシップと、意思決定力を育てていくことにあります。会社の未来を担う人材を、現場での実践を通して育成していく。これがこのプロジェクトの核心です。
過去の成功は「たまたま」ではない
最初の面談は、お互いの共通認識を深めるための丁寧なオリエンテーションから始めました。これまでの経営計画の成り立ちや、その取り組みの経緯についてじっくりとお話ししました。
熱心に耳を傾けてくださった専務は、全て聞き終えた後、少し考えてからこう質問されました。
「当社がこの10年間、期待以上の成果を出し続けてこれたのは、どのような要因からでしょうか。この計画の取り組みのおかげなのか、それとも、たまたま時代の波に乗れたからなのか。いま10年後に目指している理想の姿が、果たして自分の舵取りで実現できるのか、どうしても重ね合わせて考えてしまうのです。」
この質問は、本当に素晴らしい視点だと感じました。過去の成功を冷静に分析し、これから直面する未来への責任を真剣に考えている。まさに後継者として、自社の未来を自分事として捉えているからこそ出てきた問いです。
私はまず、「そういう視点で捉えておられるのは大変よいことです」と申し上げた上で、会社の成功要因を次のように整理してお伝えしました。
未来を築くための3つの要因
もちろん、コロナ禍のような予期せぬ出来事もあり、世の中の追い風があったことは事実です。しかし、それだけではありません。私たちは、ただ波に乗っていたのではなく、その波を自分たちの力で生み出し、乗りこなしてきたのです。その成功の鍵は、大きく3つの要因に整理できます。
1. 業界の「変化の兆し」を捉えた計画
まず第一に、業界内での競争環境の変化の兆しをいち早く捉えたことです。経営計画を策定する際、私たちはこの変化を念頭に置いていました。当時、不利だと考えられていた条件を、あえて強みに変えるような戦略を打ち立てました。
この方針は、計画策定当時は、利害関係者からの理解を得るのが難しい面もありました。しかし、将来を見据えたこの戦略があったからこそ、私たちは他社との差別化を図り、独自のポジションを確立できたのです。
まるで、まだ誰も気づいていない新しい道を見つけて、そこに一番乗りで進んでいくようなものです。後から振り返れば「なるほど」と思えますが、当時は勇気が必要な決断でした。
2. 川上・川下と築いた「強固なパートナーシップ」
第二に、サプライプロセスの川上・川下に位置する事業主体と、緊密な関係性を築くことを行動計画の柱に据えたことです。
中小企業はどうしても、資材を供給してくれるサプライヤーや、仕事を発注してくれる元請け、協力会社との間に、力関係の差を感じてしまいがちです。しかし私たちは、そうした関係性を単なる「取引先」から、共に成長する「パートナー」へと変えるべく行動しました。
3. 経営者が「本業に集中できる」環境づくり
そして第三に、経営改善計画を策定して金融機関の支援を得られた結果、経営者が本業に集中できる環境が整ったことです。
これは、最初の2つの要因を語る上で、決して欠かすことのできない大前提です。かつての会社は、資金繰り対応に追われ、経営者が将来のことをじっくり考える時間すらありませんでした。
しかし、経営改善計画を策定し、金融機関からの理解と支援を得られたことで、社長は資金繰りの心配から解放され、本来やるべき仕事、つまり「顧客と向き合う」ことに集中できるようになったのです。
この安定した基盤がなければ、いくら「業界の変化を捉えよう」「パートナーシップを築こう」と計画しても、絵に描いた餅に終わってしまっていたでしょう。まるで、足元がぐらつく不安定な場所で、遠い目標を追いかけるようなものです。まず足元を固める。それが、飛躍への第一歩だったのです。
「意図ある行動」が未来を拓く
これらの説明に、同席してくださった社長は深く頷いてくださいました。そして私は、さらにこのように付け加えました。
「当社が主体的に意図をもって行動した結果生まれた売上と、たまたまお声がかかって生まれた売上とでは、同じ1億円でも意味が違います。当社と取引するかどうかを決めるのはお客様であり、当社にできるのは『当社との取引を促すような働きかけ』を、誰に対して、いつ、どれだけ、どんな方法で行うか、そこまでです。
普段から主体的に意図をもって行動している経営者は、どう行動するかに意識が向きます。しかし、そうでない経営者は、経営不振に陥ると思考停止してしまう傾向があります。今回の経営計画でも、主体的に意図をもって行動することを最も重視し、具体的な行動KPI(重要業績評価指標)を考えていきましょう。」
専務の「たまたま成功したのか」という問いは、過去を客観的に見つめ、未来への責任を真剣に考えるからこそ出てきたものです。そして、それは未来を築くための第一歩なのです。
私たちは、この会社の成功が「偶然」ではなく、「計画に基づいた必然」であったことを確認しました。もちろん、そこに運の要素がなかったわけではありません。しかし、その運を最大限に活かせるだけの準備と、意図ある行動があったのです。
今回のプロジェクトでは、専務と共に、この成功のメカニズムを深く理解し、それを次の10年の成長にどう活かしていくかを考えていきます。過去の成功体験を、ただの思い出話で終わらせるのではなく、未来を切り拓くための羅針盤として使うのです。
後継者の方が持つ「未来への不安」は、決してネガティブなものではありません。むしろ、それを原動力に変え、より良い未来を築き、会社を成長させるチャンスなのです。