小規模企業の生成AI導入は“地ならし”から

小規模企業の生成AI導入の手引き

第四週は、中小建設業の現場改善について綴ります。

昨年度から、大分県中小企業診断士協会の有志らと一緒に月1回の「生成AI研究会」を続けています。LLM(大規模言語モデル)の専門家も参加してくださり、私自身も多くの学びを得ています。

ただし研究会の焦点は、「いまこの生成AIツールがアツい」とか「瞬時にパワポスライドができた!」といった話題ではありません。むしろ「生成AIを経営コンサルティングにどう生かすか」「中小企業の経営にどう根付かせるか」といった実務的な観点にあります。

今年度は、研究会のメンバーが3つのワーキンググループに分かれ、『中小企業の生成AI導入の手引き』をまとめています。私が関わっているのは「中小企業経営者に向けた導入の手引き」を担当するグループで、重点を置いているのはAIそのものの解説ではなく、導入前に整えるべき“地ならし”です。本稿では、私の中心的な問題意識を整理してお伝えします。


1. トップの強いコミットメントが不可欠

生成AI導入の最大の条件は、経営者の強いコミットメント(決意、思い入れ)です。ここが曖昧だと、現場に浸透することはまずありません。

では、経営者の関心をどうつなぎとめるか。大切なのは「自社の経営課題と結びつけて理解してもらう」ことです。

「いまDXや生成AIが話題になっている」「便利な文章生成ツールができた」程度の認識では、経営者の関心はすぐに薄れてしまいます。しかし、「属人業務の標準化」や「人手不足への対応」など、自社の具体的な経営課題に直結する武器になると理解したとき、経営者の心は動きます。

AIの意義や可能性を熱く語っても、むしろ逆効果。経営者は言葉ではなく「目に見える成果」に動かされるものです。したがって説明も「AIでこんなことができます」ではなく、「いま抱えているこの問題を、AIならこう解決できます」というシナリオで伝える必要があります。


2. 生成AI導入の2つの側面

中小企業の生成AI活用には大きく2つの使い方があります。

  1. 経営意思決定の支援
     いわば経営者の「あったらいいな」を形にするものです。例えば「原価率の推移からリスクを整理したい」「顧客データを解析して次の一手を示してほしい」などです。ただしアウトプットのイメージは曖昧な場合が多く、試行錯誤が必要です。

  2. 業務フローの効率化
     従業員の「あったらいいな」を叶えるものです。例えば「マニュアルを自動整理する」「議事録を要約する」といった場面では、アウトプットが明確です。

注意すべきは、従来の業務フローをそのままにAIを載せても成果は限定的になることです。「理想の業務フロー」を描いてから逆算(バックキャスト)することで初めて真価を発揮します。


3. 理想と現実のバランスを取る

理想を描くことは大切ですが、外部専門家に丸投げして高額コストをかけ続けるのは現実的ではありません。成果が見えず社員の士気が下がる危険もあります。

そこで必要なのは、理想と現実のバランスです。

  • 自動化すべき部分

  • 人の判断を残すべき部分

  • 当面は従来通りでよい部分

この線引きを経営者自身が理解し、トップダウンで方向を示すことが重要です。


4. 外部人材と伴走する導入プロセス

小規模企業が自力だけで導入を進めようとすると、必ず壁にぶつかります。肝要なのは、自社を理解してくれる外部支援者と伴走することです。

  • 社員のITリテラシーを理解した支援者

  • 操作を伴う実践型研修

  • わからないことをすぐ相談できる体制

こうした仕組みを組み合わせ、少なくとも1年単位でじっくり根付かせる姿勢が必要です。「習って終わり」では導入は定着しません。


5. 最終アウトプットを明確に描く

AI活用の出発点は、最終アウトプットのイメージを明確にすることです。

「どんな成果物がほしいのか」
「どのフォーマットなら現場で使えるのか」

これを経営課題と結びつけて示すことが、経営者を動かします。たとえば、

  • 「属人化していた施工チェックリストを標準化し、誰でも使えるようにする」

  • 「見積もり作成を効率化・迅速化する」

こうした経営課題とAI活用シナリオをリンクさせる説明が、トップの納得を得る決め手になります。そもそも最終アウトプットからの逆算で生成AIへの段階的指示を決めていくことは生成AIを活用するポイントでもあります。


6. 一発勝負ではなく段階的に育てる

AIは「段階的に推論させてこそ力を発揮」します。いきなり完成品を求めず、中間成果を積み重ねて精度を高める姿勢が重要です。

  • 第1段階:情報収集・整理

  • 第2段階:論点抽出

  • 第3段階:対策の検討

  • 第4段階:対策を一層具体化し、レポートに仕上げる

こうしたステップを踏むことで、AIは経営課題解決の“相棒”として成長していきます。


7. 最初の一歩は既存アプリから

導入初期に自社開発を考えるのはリスクが高すぎます。まずは既存のアプリ集を使ってみることが現実的です。

  • 議事録要約アプリ

  • ナレッジ管理ツール

  • チャット型の文書作成支援

こうしたツールを試し、足りない部分を洗い出してから自社開発を検討すれば、セキュリティ面でも安心です。外部人材に依頼し、タスクリストで業務とアプリを紐付けながら試行することを勧めます。


8. 顧問先での取り組み実例

私の顧問先のある建設会社では、IT専門家の支援を受け、これまで属人的だったマニュアルやヒヤリハット事例、チェックリストをGoogleノートブックLMに集約する取り組みを進めています。

業務実態調査を経て、ノウハウを形式知として積み上げる仕組みを構築中です。これは単なる効率化ではなく、「会社の知恵を資産に変える」仕組みです。経営者にとっても「人材不足を補う武器になる」と直結して理解できるテーマであり、導入に強くコミットしています。


9. まとめ ― 経営課題と直結させることがすべて

生成AIは「流行りもの」でも「便利なおもちゃ」でもありません。自社固有の経営課題を解決する実務的なツールです。経営者がその本質を理解し、トップの強い意志で取り組むとき、初めて全社に根付きます。

小規模企業の経営改善において、生成AIは確実に力を発揮します。だからこそ、「経営者自身の課題意識」と「目に見える成果」を結びつける導入シナリオが何より重要だと、私は強調したいのです。