第二週は「社長の“経営習慣”と実践知見」をテーマにお届けしています。
中小建設業の経営は、言ってしまえば「毎日の積み重ね」です。特別なことより、普段の行動が未来をつくる――その確信をもとに、経営習慣と実践知見についてお伝えします。
従業員を巻き込むかどうかは一概に言えない
先日、ある建設会社の経営計画策定のための打ち合わせに伺いました。
社長様とはすでに4回お目にかかっていましたが、前回社長様から「次回はうちの従業員も同席させていいですか?」とお尋ねがあり、「大歓迎です」とおこたえしました。
経営計画の検討会議に従業員をどこまで参加させるべきかは、一概に決めつけられません。各社の事情や社内文化、従業員の成熟度によって、最適な関与の形は変わります。
私自身も、「後継者教育も兼ねて専務も同席してはどうでしょう」「幹部の方々の意見も聞いてみたいですね」と提案することはありますが、それ以上に「従業員は必ず同席させるべき」といった“べき論”を振りかざすことはしません。
全員参加だからこその強みと意義
ただし、経営の方向転換を目指し、全社的な行動変革を始めるときには、従業員への協力要請は欠かせません。
なぜなら、従業員のまったく知らないところで作られた計画よりも、自分たちが関与して作られた計画のほうが「これはみんなでやるべきことだ」という共感や当事者意識が育ちやすいからです。
さらに、現場の知恵を経営計画に取り込めるという大きなメリットがあります。経営層だけでは見えない“日々の小さな不便”や“作業の流れに潜む無駄”を、現場の声は的確に指摘できます。
実際の会議の進め方
今回は、社長様のほか営業、営業事務、工務、経理の各担当者が揃って参加してくださいました。
私は冒頭で、出席者の皆さんにこう尋ねました。
「まず、社長からは今回の件、どんなふうに聞いていますか?」
それぞれが社長から聞いた話を共有してもらうことで、理解のズレや情報の偏りがないかを確認できます。
そのうえで、「少しだけ補足させていただきますね」と、経営計画策定の目的や内容について説明しました。モニター画面にはKGI(最終目標)―KSF(重要成功要因)―KPI(行動指標)の体系図を映し、視覚的にも理解しやすくしましたが、専門用語はいっさい使いませんでした。最終目標のために行動指標を決めるのであり、行動指標に沿った行動ができていけば最終目標が達成できるようになる、というロジックを説明するのに、KPIとは…という用語の説明は不要(むしろ理解の邪魔になる)だからです。
ここで強調したのは二点です。
金融機関に「変わる意思」を示すことの重要性
数字だけで終わらず、実際の行動を決めて一歩ずつ変える取り組みであること
「そういえば…」からボトルネックの発見へ
私は参加者にこう問いかけました。
「皆さんの中で、“ここはもう少し何とかならないか”という話が出たことはありますか?」
「業務の流れに違和感を覚える部分はありませんか?」
この質問をきっかけに、少しずつ課題の核心が見えてきました。
最初は遠慮がちだった意見も、「そういえば…」と具体的な事例が出始め、結果として大きなボトルネックが特定できました。
その場で、私と従業員さんの双方で手分けして、次回までに改善案の叩き台を作ることが決まりました。
“外からの目”と“中からの目”の融合
私は参加者にこうお伝えしました。
「現場の実務を誰よりも知っている皆さんの知見と、他社も知っている私の“外からの目”を組み合わせれば、きっとよい改善案が生まれます。『これは関係ない話かな』と思わず、浮かんだことをぜひ話してください。そうすれば、私も御社の理解が深まり、社長も皆さんも新しい気づきを得られます」
この言葉が効いたのか、その後は静かながらも、よく考えられた意見が一つひとつ出てきました。全員がノートを取りつつ他の人の話をしっかり聞く姿勢はとても印象的でした。
社長の反応とこれから
会議後、私は社長様にこう申し上げました。
「これだけ真剣に参加してくれる従業員さんたちに、ぜひ報いたいですね」
社長様も深くうなずき、「本当にそう思います」と笑顔を見せてくださいました。
経営改善は、トップだけが決意しても前には進みません。現場が「自分たちの計画だ」と感じ、行動に移してこそ成果が出ます。今回の会議は、そのスタートラインに立てた瞬間だったと感じます。
社長が“場をつくる習慣”の長期的効果
経営改善の場に従業員を招き入れることは、単に課題解決のためだけではありません。
こうした場を社長が意図的に、そして継続的に設けること自体が、会社の成長を支える大きな力になります。
第一に、信頼関係の蓄積です。
従業員は「自分の意見を社長が聞いてくれる」「発言が会社の方向性に反映される」と感じることで、安心して意見を出せるようになります。これは一朝一夕では生まれない“心理的安全性”の土台となります。
第二に、人材育成への波及効果です。
経営改善会議の場は、従業員にとって単なる報告や指示の場ではなく、「経営の視点を学ぶ場」になります。特に次世代の幹部候補や後継者にとっては、日常業務では得られない視座の広がりが得られます。
第三に、課題発見の早期化です。
社長が定期的に現場の声を聞く習慣を持つことで、小さな違和感や改善の芽を早期に拾い上げられます。これは、後手に回る経営リスクを減らし、会社を安定的に成長させるための重要な仕組みとなります。
このように、「全員参加の場をつくる」という社長の習慣は、短期的な経営改善だけでなく、長期的な企業体質の強化にも直結します。
全員参加の経営改善を成功させるポイント
最後に、今回の経験を通じて見えてきた成功のポイントをまとめます。
参加の意図を共有する
なぜ従業員を会議に呼ぶのか、何を期待しているのかを事前に説明する。意見を引き出す質問を用意する
「何かありますか?」ではなく、「ここはどうですか?」と具体的に聞く。外部と内部の視点を組み合わせる
現場の声と外部の客観的視点を融合させることで、より現実的で実行可能な改善策になる。次のアクションを明確にする
会議の最後に、誰が何をいつまでにするかを決める。
結びに
経営改善は“社長の仕事”と思われがちですが、実際には会社全体の力が必要です。
トップが旗を振り、現場が知恵を出し合い、外部の専門家がその橋渡しをする――この三者が揃えば、会社は確実に前進します。
全員が「自分ごと」として動き出したとき、中小建設業は想像以上の力を発揮します。今回の事例は、そのことを改めて実感させてくれました。