中小建設業専門の経営コンサルタント、長野研一です。
第四週は、中小建設業の現場改善についてお話しします。今回は、事務部門の生産性向上を取り上げます。
はじめに:「事務のムダ」に気づいていますか?
「現場は忙しいけど、事務の人たちはそんなに忙しくないんじゃないか」と思われている経営者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際には、事務部門の担当者は毎月決まった処理、突発的な問い合わせ、ルールのはっきりしない業務に追われ、余裕のない日々を送っています。
そしてその多くが、「なんとなくそうやってきた」業務の積み重ねなのです。
この「なんとなく」が積もり積もって、
・作業手順の不統一
・非効率な紙ベースの作業
・必要以上のダブルチェックや手戻り
といった「見えないムダ」を生んでいます。
中見出し①:いきなりアプリ導入ではうまくいかない理由
最近は「DX(デジタルトランスフォーメーション)」や「AI(人工知能)」といった言葉が飛び交い、経営者の中にも「そろそろウチも何か取り組まなきゃ」と思う方が増えています。実際、業務改善の第一歩として、勤怠管理アプリやクラウドサービスの導入を検討される企業も少なくありません。
しかし、いきなり「アプリを入れれば何とかなる」と思ってはいけません。
たとえば、今まで現場監督が手書きで提出していた出面表を、ある日突然「今日からアプリで入力してください」と言ったらどうなるでしょうか。
現場では、
「そもそもスマホでそういう操作をしたことがない」
「入力画面の意味がわからない」
「これまでのやり方のほうが早い」
といった声が上がり、結局、紙とアプリの両方を使う“二重管理”になってしまい、かえって事務負担が増えてしまうのです。
中見出し②:IT導入より前にやるべき「業務の棚卸し」
では、何から始めればよいのでしょうか。答えはとてもシンプルです。「まず、今やっている仕事を見える化する」ことです。
具体的には、
・誰が
・何の目的で
・どのような手順で
・どれくらいの時間をかけて
行っているのか、を丁寧に書き出してみるのです。
これが「業務の棚卸し」です。
業務の見える化をすることで、
・そもそも必要のない作業
・手順を変えればもっと早くできる作業
・現場に少し協力してもらえれば事務負担が減る作業
などが、はっきり見えてきます。
この作業を飛ばして、今のやり方をそのままIT化しようとすると、
・無駄な工程までそのままシステム化
・余計に使いづらい新システムになる
・誰も使わないアプリになってしまう
という失敗につながってしまいます。
中見出し③:身近なツールで“もう一歩進んだ改善”を始めよう
業務の棚卸しができたら、いきなり高額な業務システムを導入するのではなく、「身近なツールでできる、実務に役立つ改善」から着手することが大切です。単にExcelやクラウド共有を使うだけでなく、「少しの工夫で仕組みに変える」ことが、事務の生産性を大きく左右します。
実際、リテラシーがそれほど高くない、しかも日々の業務に追われる現場では、新しいシステムへの移行がうまく進まないことが少なくありません。その結果、長期にわたって「これまでのやり方」と「新システム」の両方が並行稼働するようになり、かえって生産性が落ちてしまうという事態が起こります。これはまさに「改善のつもりが逆効果」という典型的なパターンです。
だからこそ、最初から完璧を目指すのではなく、身近な改善で成功体験を積みながら、段階的に移行していくことが現実的で効果的なのです。
たとえば、以下のような取り組みが考えられます:
Excelに関数や条件付き書式を組み込んで、集計やチェックを半自動化する
→ 請求書や出面表の入力ミスを減らす、集計時間を削減するなど、日々の作業効率を大幅に高められます。定型業務をマクロ化して、一連の作業を自動処理する
→ たとえば、「請求書作成→PDF変換→ファイル名自動付与→所定フォルダへ保存」といった処理を1クリックで完了させることも可能です。属人化しがちな作業をチェックリスト化する
→ 「この処理は誰でもできるようにしておこう」という視点で、ルーチン業務を手順書+チェックリストで形式知化すれば、担当者が不在でも対応可能になります。クラウド上で案件別の進捗管理表を共有し、リアルタイムで可視化する
→ 進捗確認のための社内電話やメールを減らし、「いま誰が何をしているのか」がすぐわかる環境を整えることができます。
これらはすべて、すでに社内にあるソフト(ExcelやGoogleスプレッドシートなど)を少し工夫するだけで実現可能な改善です。IT専門家でなくても取り組めるレベルでありながら、業務効率に与えるインパクトは非常に大きく、「やってよかった」と実感できる内容ばかりです。
そしてこの「実感」が、社員一人ひとりの改善マインドを育てていきます。
中見出し④:生産性向上は「事務だけ」ではできない
事務部門の改善を進めるうえで、経営者が忘れてはならないことがあります。それは、「事務部門の生産性向上は、事務部門だけでは完結しない」ということです。
たとえば、
・現場からの提出物が遅れる
・内容が不備で再確認が必要
・そもそもルールが現場に共有されていない
こうしたことがあると、いくら事務が効率化しても、生産性は上がりません。
ですから、改善を始める際には、必ず現場の理解と協力を得ることが大前提です。
「これは事務の問題だから」と切り離すのではなく、「現場と事務が一緒になって業務を見直す」ことが重要なのです。さればこそ、現場の実情を無視した理想の追求は慎まなければなりません。
中見出し⑤:理想と現実のギャップをどう埋めるか
「ペーパーレスで業務がスムーズに流れる会社にしたい」
「働きやすくて、誰でも業務が回せる体制にしたい」
経営者の理想はもっともです。しかし現実は、
・スタッフのスキルにバラつきがある
・日々の業務に追われて時間がとれない
・現場は変化を嫌う
といった壁が存在します。
こうした「理想と現実のギャップ」は、一度には埋まりません。
だからこそ、「段階的な移行」「学びながら進める」ことが大切なのです。
最初はアナログな改善でもかまいません。
それが成功すれば、次はExcelマクロ、さらには業務アプリへとステップアップできます。
それぞれの段階に合った支援や、研修を組み込むことで、自然にリテラシーは上がっていくのです。
おわりに:まずは「できることから」始めましょう
「今の業務はこれで回っているから大丈夫」
「システム化なんて、うちにはまだ早い」
そう思っている間にも、事務部門の時間は日々失われています。
最初から完璧を目指す必要はありません。
まずは一つ、目の前のムダをなくす工夫から始めましょう。
小さな一歩が、やがて大きな成果につながります。